『分かち合い』-share-
平成24年2月
昨年の今頃は何の前兆もなく、まったく予想もしなかった大震災が、3月11日に東日本の幅広い地域で起こり、今なお被災されている方がたは、復興もままならない状況下で懸命に生きています。一年が経とうとしていますが、希望の光が早く目に見える形で示されることを祈っています。
さて、111回生の旅立ち(卒業)にあたって、一緒に考えておきたいことがあります。それは「希望」という言葉に関連し、同時に歴史から学ぶ事柄です。
かつて日本は第二次世界大戦の敗戦を経験し、終戦後の混乱・困窮の時期を経験しました。国民の多くがその日暮らしで、「明日(あした)」が全く見えない状況下で生きていました。もう戦後を語る人も少なっています。わたしも戦後生まれの一人です。父や母から、あるいは祖父母から、子どものころに苦労話を聞かされました。
戦前・戦中に生まれた方は、身をもっての体験があって、戦争を知らない世代に「語り」を通して平和の尊さや有難さを伝えています。昨年12月上旬に中学2年生と一緒に長崎へ研修旅行をいたしました。その研修の一環で、原子爆弾によって一瞬のうちに街全体が壊滅し、多くの死傷者をだし、生き延びた人も被爆したことにより、原爆症で今なお苦しんでいることを学びました。
講師の安井幸子先生には被爆体験を語っていただきました。生徒諸君も真剣に聞き入っていました。長崎への研修旅行は、明星の建学の精神に通じるキリスト教の根本に触れることと平和学習が中心でした。
3.11の東日本大震災・大津波・原子力発電所事故などによる未曽有の被害を目の当たりにし、戦争を体験した方がたや阪神淡路大震災を経験した方がたは、その悲惨さはもとより、希望を持てなかった当時の絶望状態を思い出されています。
しかしながら、かすかな希望の灯に気づいた方がたもいました。それは小さな灯ですが、同じ日本に住んでいる者にとって、これこそが人間にとって一番大切なことなのだという認識です。
その小さな灯とは、「分かち合い」です。様々な悲惨な状況、希望さえないような状況下にあっても、絶望することなく、あきらめることなく、生きることなのです。その希望が被災されている方がたに届けられるようにしなければなりません。当然形あるものも必要です、
しかしそれ以上に形はなくとも希望になる「ことば」や連帯の「きずな」をつくることは重要です。そのためには「分かち合い」の精神がその根底になければなりません。戦争、あるいは大災害はモノとしての日本を消失させてしまいました。しかしモノとしての日本ではなく、ヒトとしての精神を蘇らせることによって、復興、いや「新生」を目指すことが必要だと思います。
これから、社会の核となって、リーダーシップを発揮していただかなければならない諸君に、ぜひ考えて欲しいのです。「人間はお互いに支え合ってこそ生きることができる存在」であることを。したがって「分かち合う」ことは当然のことなのです。テレビドラマなどで戦後の日本を題材にした場面で、
”靴磨きをして健気に働いていた少年に、アメリカ軍の将校が靴磨き代金のほかに、バナナを1本食べるように差し出したところ、それを自分で食べずに袋に入れました。将校は少年がすぐに食べないのを見て、「なぜすぐに食べないのか?」と質問しました。少年は答えて、「橋の下には妹や仲間たちが待っている。」といって食べない理由を述べました。それを聞いた将校は1本では足りないだろうと、次の日には数本のバナナを持ってきた。そして、後日日本の有力者にその話をし、日本の戦後の復興を確信した、と語る。”
これを美談として片づけてしまうのではなく、終戦後の荒廃した世の中にあって、少年の心は豊かであったことに注目すべきであろう。そのことが小さな灯、つまり復興の希望となって人びとの中に浸透していったと考えられるからです。
わたしたちのできることは、小さなことかもしれないが、この小さな行動や思いが人びとの連帯に結びつくのかもしれない。わたしたちは「あきらめない」で、今できることを始めよう。やがてそれが灯から、大きな炎になることを信じながら。
(『明星タイムス』№.203号より転載)
