
新年度始まりのメッセージで、今年度の学園全体の目標を掲げて、一緒に取り組もうと皆さんに呼びかけました。一学期末も終わろうとしているこの時、今一度目標を思い起こしてください。今年度の目標は「授業の充実」です。
学校教育における最大の課題は、いかに授業を充実したものにするか、だと思います。基本中の基本ですが、成果を挙げている学校とそうでない学校との違いは、授業に対する取り組み方であるといえます。
先生は生徒に真剣勝負を挑み、生徒も先生と真摯に向き合うお互いの信頼関係は、何事も積極的に関わり合い、お互いに学ぶ姿勢を生み出し、生き方をも左右する程の影響力を醸し出すのです。
学校における教育は、教育の全てを充足するものではありませんが、一人の人間形成上、大きなウエイトを占める時期であり、大切な育成の場であることは疑いようもありません。一人の人が「育つ」ことは、この世に生を受けた存在として、最大の課題になります。
一般に学校はよく「人を育てる場」として認識され、どのように育ったかによって評価されます。さらに私学の場合、評価される度合いが高いと言えるでしょう。そのため、学校評価の結果は、その学校の存続を左右するほどの大事な要素となります。
では、私学の存在意義とは何でしょうか。明星がこの関西圏で、学校として存在する理由は何でしょうか。しかもカトリック学校として存在することはどんな意味があるのでしょうか。時代とともに根源的な問題を確認せざるを得ない時期に差しかかっているように思えます。
「スクール・アイデンティティー」ということばがありますが、学校に限らず、あらゆる事業体・組織にいえる自らについての定義付けです。明快で一貫性があり、焦点が定まっていれば、その組織は強力なものになりえます。
また時代に適応した改革をスムーズに実施することも可能です。そのためにはその組織に属している構成員が、自らについての明確な定義とその使命・目的をお互いに確認しあわなければなりません。
さて、明星の「スクール・アイデンティティー」はどうでしょうか。
明星教育の根幹は、「建学の精神」であり、カトリックの教育理念です。信仰の有無に関わらず、明星の教職員として指導するに当たって、カトリックの教育理念を理解し、キリスト教的な価値観を共有しながら、あらゆる教科や生活指導、学級経営を行なうことが望まれます。
また、カトリックの教育理念は、イエス・キリストの教え(福音)と関係しています。すなわち、キリストの人間理解、およびそこから派生する世界観、人生観にも及びます。教育の出発点は、人間をどのように捉えているかによって変わってきます。
カトリックの教育理念は、「人間を神様から創られた存在」「全ての人は神様から愛されている存在」「したがって、一人ひとり掛け替えのない存在」であるということが前提になっています。
教育における人間観は、具体的にどのような人間像をイメージして育てるか、ということに関係してきます。学校教育は、ひとりの掛け替えのない人格を持った子どもたちをどのように育てて、社会に送りだすかが問われます。
多感な思春期の子どもから、青年期の若者に成長していく過程で、成熟した人格者になれるように見守り、育てるのがその使命です。したがって使命を遂行するためには、大いなる責任をもった教育活動が成されなければなりません。
初代校長のウォルフ先生は、「生徒を神様から預かった大切な存在」と表現しながら、明星教育の本質を強調しています。明星の建学の精神は、生徒一人ひとりを大切にし、生きていることに価値があることを知らせ、すべての人が神様から戴いた恵みをお互いに分かち合えるようにすることです。
『明星紳士たれ!』という標語は、明星の教育を具体化する中で生まれてきました。理想の人間像を追求する中で、教養があって他者への思いやりに長け、核となって社会に奉仕する人を言います。特に社会に奉仕する人材は、他者の痛みがわかる人、謙虚な生き方をする人でなければなりません。
そこで最後に、「授業の充実」とは、教える先生方も、教えられる生徒諸君も、知識の習得としての充実を図ることは、もちろんのこと学業を通して、人間味ある精神を培う場が、教場であることを自覚してもらいたいものです。
