
109回生の諸君、卒業おめでとうございます。わたしが校長になって、はじめての卒業生です。思いいれ深い諸君たちです。
そこで社会に巣立つ諸君に餞の言葉を述べたいと思います。
わたしたち人間は、一体どれくらい生きられるのでしょうか。この地球上で一番長生きした人は(世界記録保持者)122歳といわれています。フランス人の女性の方だそうです。日本人の泉竹千代さんが第二位で、男性ではトップだそうです。ギネス世界記録に認定されているようですから、信憑性は高いでしょう。
ところで、現代は長寿高齢化の社会になって、長生きする方が増えていますが、それでも100歳を超える方はそんなに多くは無く、人間の寿命としての限界を知らされます。「命あるものには必ず限りがある」のは自明のことですが、「生と死」について想いを巡らすことは無駄ではないように思います。明確な答えは得られないでしょうが、色々なことに気づかせてくれるテーマかと思います。
何故、わたしたちは生きていて「しあわせ」と感じている人と「ふしあわせ」と感じている人がいるのでしょう。大きな災害や戦争などによっていとも簡単に人の死が現実となるのでしょう。いまこの地上で起こっている様々なことは、わたしとどんな関係があるのでしょうか。15年前に阪神・淡路大震災を体験した関西の方々は、身近な出来事としてその後の生き方に工夫をこらしています。でも時間が経過すると遠い出来事のようになってしまうのも現実です。
「喉元過ぎれば熱さ忘れる」という諺がありますが、まさに人間は自分に火の粉が降りかからないと気づかない生きものなのかもしれません。ともかく人の一生は短くて、限りがあり、やがて終わりがあるわけです。それでもこの世に生まれてきたからには、たとえ短い生涯であっても、あるいは幸いにも長寿の恵みを戴いた生涯であっても、その人に固有の使命が与えられているのです。
新約聖書のマタイ福音書25章に『「タラントン」のたとえ』という箇所があります。大変有名なたとえ話ですが、「天の国について」のたとえとして述べられています。
ある主人が三人の下僕たちに自分の財産を、それぞれの分に応じて預けます。一人には5タラントン、一人には2タラントン、そしてもう一人には1タラントンを預けます。主人はしばらく旅に出て留守をします。
その間、下僕たちは各自が預かったタラントンを活用しながら、別に儲けをだします。しかし1タラントン預かった下僕は、活用して損をするのを心配して、土の中に隠しておきました。長い旅から帰ってきた主人は、三人の下僕に精算を求めます。
二人の下僕は預かったタラントンを上手く活用して、主人に良くやったと褒められますが、1タラントン預かって土の中に隠しておいた下僕は、愚か者といわれて、主人から批難されます。何故、二人は良い下僕で、最後の一人は悪い下僕なのでしょうか。
答えは明確です。預かったタラントンは、その人の分に応じて与えられたものです。多いからとか少ないからの問題ではありません。多い人は多いなりに努力していかなければならないわけです。少ないからといって何の手立てもしないのは、「怠け」でしかなく、愚か者といわれても仕方ないでしょう。
要は預けられたもの(タラントン)の大小ではなく、預けた方に対する信頼と自分に対する信頼の度合いが試されています。わたしたち人間は、ややもすれば自分にさえ信頼を持つ事ができなくなり、自暴自棄になったりします。
タラントンとは、人間に神様から与えられている「能力」を含むあらゆる賜物(恵み)と言ってよいでしょう。人間各自に与えられた固有の「使命」と関連しています。与えられた能力を活用して、世のために奉仕していくことは、人間にとって崇高な生き方なのです。何故ならそれぞれの「使命」を果たすのは、わたしたち人間の本質と関わるからです。
わたしたちは死ぬ瞬間まで、「人間になる」ことを怠ってはならないのです。完成はありません。人間として生まれてきますが、その生涯をかけて「人間になって」いくのです。
英語では“BECOME”という単語が使われますが、まさに"I AM BECOMING A HUMAN."と表現されるように、「人間になりつつある」、つまり進行形の存在なのです。
最後に、諸君は年を重ねるごとに「人間味」を増していくことでしょう。何時までも謙虚さを忘れず、社会の荒波を渡っていってください。ご健闘をお祈りいたします。
(※「明星タイムス」2月号より転用)
