大阪明星学園 小鳩会通信

「私たちのしていることは大海の一滴にすぎないと感じています。けれど、もしその一滴がなければ、海はその一滴分、確かに少ないということです。」

マザー・テレサ(コルカタの聖テレサ)


 

2021年3月号

今年度の最終回です~当時、東日本大震災後に東北でボランティア活動に取り組んだ先輩たちの作文を再掲載します。

 震災の年の夏に、宮城県・塩釜から離島へ通い、活動しました。島内では亡くなった方はいませんでしたが、訪れた時期にようやく離島の復興が始まったところで、島は、まだ震災直後のままでした。以後、明星高校からは、災害ボランティア・センターが一応の役目を終えるまで、毎年、宮城県にボランティア派遣を続けました。

夏休みに訪れたが、離島はまだまだ手つかずだった。
夏休みに訪れたが、離島はまだまだ手つかずだった。

当時 高校Ⅰ年生

 東北大震災ボランティアに8月8日から12日まで行きました。行く前と帰ってきた後一番多く受けた質問は「どうしてボランティアに行ったのか。」という質問でした。この質問を受けた時自分ははっきりとした答えを返すことができませんでした。「被災地の状況を見て、いてもたってもいられなかった。」とか、「自分にも何かできることがあるはずだ。」とかそんなもっともらしいことは思いついても明確に「これだ。」と思えるものがなかったのです。なので、ボランティアから帰ってきて一番思ったことは「どうして自分はボランティアに行ったのだろうか。」ということでした。いまだにこの問に答えることはできません。だから、これからこの問にたいして明確な答えを得られるようにこの文章を書きたいと思います。
 行く前には、行かなくてはいけないという一種の義務感のようなものに追われるようにして現地に向かいました。そこには、ニュースとは全然違う圧倒的なまでの悲惨な状況が広がっていました。駅から出ると半壊した店や折れ曲がった電柱、舗装のはげた道路がありました。ですがそれはまだ序の口にすぎませんでした。拠点となる塩釜ベースにつき、そこの方に海岸に連れて行ってもらいました。そこには内陸の方の地震の被害ですらまだマシだと思えるほどの光景が広がっていました。地盤沈下で海に沈んだ土地、土台だけになってしまった家、子どもが使っていたのであろう縫いぐるみ、毎日の生活を感じさせるお茶碗や箸、そしてそんなものの中に一本の葉を真っ赤にして立ち枯れてしまっている松がありました。そのもの悲しさは想像を絶するものでした。なにかしよう、こんな状況を少しでも改善できるように頑張ろう。そう思いました。
 1日目は、寒沢島にて瓦礫と流れ込んだ土砂の撤去を行いました。この寒沢島は昨日見た本土の海岸よりも悲惨なように感じました。本土の海岸は、瓦礫の撤去作業が済み家が土台しか残っていませんでした。しかし、この寒沢島ではまだ瓦礫の撤去作業が済んでいませんでした。なので、津波の傷跡がもろに見えたのです。一階部分だけがなくなった家、家具で埋まった田んぼ、

泥に埋もれていた一室も、1日かけて家財を搬出し清掃。
泥に埋もれていた一室も、1日かけて家財を搬出し清掃

屋根だけ残した家。そこの人達はそんな状況でも笑顔で自分たちを迎えてくださいました。半壊した家の瓦礫撤去をしたのですが、そこの家の人は笑って「ありがとう」と言ってくださったのです。こんなにつらい状況なのに笑顔で言ってくださったのです。その人を自分はすごいと感じ尊敬しました。こんな人になりたいと思いました。
 ベースに帰って他の方々と一緒に意見交換をしました。するとそこには、様々な人がいて自分をほこれるような人たちばかりでした。自分もそんな人間になれるだろうかと本気で思いました。2日目、3日目は「自分のことを誇れるようなことをしよう。」ということをテーマにして仕事をしました。役に立てたかどうかは微妙だったかもしれませんが自分なりにはテーマを達成できたように思います。最後に、自分は「どうして行ったのか。」という問いに答えることはまだできないのですが。この文を書きいろいろなこと思い出していくと「別に答えられなくてもいい。」と思うようになりました。なぜなら、今回の経験はとても言葉で言い表せるものではないと思ったからです。だから次この問を聞かれたら、「行くとわかるよ。」と答えようと思います。

ボランティアに参加した先輩(当時高Ⅱ)の作文です

 今回、私たちは3月11日に起きた『東北地方太平洋沖地震』で被災された人たちを支援するということで、夏休みを利用し、被災地である宮城県石巻市へと向かいました。震災後、募金などはしていたものの、間接的にでしか困っている人達の助けになれない自分にもどかしさを覚えていたので、今回のボランティア募集の話を聞き、応募しました。この他にも、TVの震災についてのニュースでは、いつも”壊れた家”や”震災直後の街の映像”、”死者・行方不明者の数”などばかりで、それもとても重要で大事な情報なのですが、暗いニュースばかりが流れており、“今、東北で暮らしている人達はどんな生活を強いられていて、何を思っているのか。”とか、“復興に向けて、地域が具体的にどんなことを行っているのか。”という情報がテレビを見ているだけではなかなか入ってこなかったので、自分の目で見たいと思ったことが理由です。
 仙台市はやはり都心部ということもあり、とても震災があった後とは思えないほどに立て直されていました。しかし、太平洋側に進めば進むほど、都心部から離れれば離れるほど震災の爪痕があちこちに見られ、被災地に来たという実感が沸々と湧いてきました。ベース(ボランティアの人達の拠点)に着き、私達が現地のスタッフにまず最初に教えていただいたことは、地震発生時の避難経路や逃げ方でした。それは震災が3月11日におけた大地震のことだけではないことを私たちに痛感させます。
 震災は今もまだ続いているのです。私達の活動はお湯だし、引越し、写真洗浄の3つです。私は幸いにもこの3つの仕事すべてを経験することができました。お湯だしとは、ボランティアの人達が避難所へ行き、満足に電気が使えない避難所生活を強いられている人達に、生活で必要なお湯を配る仕事です。一見、なんでもない仕事のように思えますが、インスタント食品などに使われたり、冬場の寒い時期には湯たんぽに使われたりと、幅広く避難所暮らしの人達には役に立ちます。そしてなにより、お湯だしで最も大変で、楽しいのは副業でもある子どもたちの相手…。あまりの元気っぷりに振り回され、すごく疲れますが、こちらも自然と笑顔になれるほど無邪気でかわいいです。次に引越しですが、これは住居あるいは仮説住宅への入居が決まった人達の荷物を、避難所から住宅へと移すというものです。そして最後に写真洗浄。これは津波により流されてしまったフォトアルバムを見つけ出し、それに付着した泥や砂などの汚れを取り、写真を可能な限りきれいな状態まで戻していく作業のことです。人の思い出を扱う仕事でしたので、一枚につき20~30分のペースで念入りに汚れをとっていきました。そして写真洗浄の帰り、家族の写真を探しにきていた女性に呼び止められました。『子どもの写真がありました。本当にありがとうございます。』と泣きながらお礼の言葉を言ってくださったその人は、「お礼に、」とお茶を差し出してくださいました。話によると、今回の震災で子どもを亡くしてしまい、さらに形のある唯一の思い出であったアルバムも津波により流されてしまったので、途方に暮れていたそうなのです。そのとき、私は体に強い衝撃が走りました。と同時に、先まで自分でしていた写真洗浄という仕事の本当の価値や、その先にある被災者の人達の気持ちが全てでは無いにしろわかったような気持ちになりました。

◆今回の献金期間◆

中学1年生~高校Ⅱ年生  3月9日(火)~ 3月19日(金)

◆今回の献金先◆

国内① カリタス(東日本大震災 被災地復興支援 ※被災各地で現在もボランティアベースや生活・子どものサポートなどを続けています。
国内② 東日本大震災ともしび会(被災遺児・生徒・学生の就学支援)
海外 ワンダの教育を考える会(ルワンダでの学校教育支援)

コロナ禍の中、一年間、ご協力ありがとうございました。来年度もよろしくお願いします。

2021年1月号

 

主の降誕と新年を迎えて、分かち合う心あらたに
~高校Ⅲ年生は、最後の小鳩会活動です。卒業後こそ小鳩会~

 新年のご挨拶を申し上げます。日頃のご協力に感謝しています。引き続き、小鳩会へのご協力をよろしくお願いします。

 さて、昨年の「紅白歌合戦」直前の「NHKニュース7」では、上智大学に隣接する聖イグナチオ教会が紹介されていました。お正月に生活相談や生活支援が行われる、というニュースでした。

 このような実践は、私たちの大阪明星学園にもあります。小鳩会活動です。小鳩会を通じて、私たちは、カトリック学校としての大阪明星学園の建学の理念を忘れないようにしたいものです。

  特に、高校Ⅲ年の皆さんには、これまでの3年あるいは6年間のご協力に感謝の気持ちをお伝えします。そして、卒業後の道に向けて、それぞれの力が発揮できますように、お祈りしています。小鳩会は、その時々の社会・世界の困難な状況に少しでも思いを重ねながら、文字通り、一滴一滴を持ち寄りながら続けられてきました。卒業後も小鳩会の心を忘れずに、それぞれの場所でご活躍ください。ミッションスクールの卒業生として、折にふれて良心や神さまの声を聴いてください。何をすべきか、神さまが示してくださるかもしれません。卒業する皆さんにとって、小鳩会の活動は今回で最後です。しかし、その意味について考えるのは、むしろこれから。地の塩である皆さん、さようなら。皆さんの旅立ちに神様の祝福がありますように。

◆今回の献金先◆

① ペシャワール会 アフガニスタン北東部など活動する中村哲医師の活動を支援する非政府組織です。
② 若王寺こども食堂 聖ヨゼフ宣教修道女会のシスターが中心となり2017年から活動するこども食堂です。

 

コロナ禍の米一合 ~たくさんのお米・石けん、ありがとうございました。~

「米一合の日」例年以上のお米・石けんが集まりました。
 例年と異なる行事予定のため、保護者会から日にちが経っての「米一合の日」でした。しかし、例年以上のお米・石けんが集まりました。コロナ禍のなか、助け合おうという皆さんやご家族の気持ちが集まりました。
米1号は小袋のまま集め、終礼後、宗教科教室で米袋にまとめました
 例年は、クラスの小鳩会委員を中心に、各クラス毎に、皆さんが持ち寄った一合を大きな米袋にまとめていました。今年は、密を避けるために、まずは小袋のまま集めました。終礼後、宗教科教室で米袋にまとめました。

有志の生徒が、マスク・手袋をつけて、全校の皆さんの一合を米袋にまとめました

有志の生徒が、マスク・手袋をつけて、全校の皆さんの一合を米袋にまとめました1
有志の生徒が、マスク・手袋をつけて、全校の皆さんの一合を米袋にまとめました2

 「全校の皆さんの小袋を大きな米袋にまとめる・・・どのくらいの時間がかかるだろう」と、少し心配しましたが、小鳩会委員を中心に、十分な人数の方々がお手伝いに参加してくださいました。いざというとき力を合わせる明星の皆さんを頼もしく思いました。

 車の搬入まで一時間ほど。その日の午後に、現地に届けられました。皆さんに感謝。

車へ搬入
その日の午後に、現地に届けられました。皆さんに感謝。

2020年11月号

米一合の季節です

 大阪明星学園では、晩秋を迎える頃、釜ヶ崎の労働者の皆さんへの支援として、炊き出しのためのお米と石鹸を釜ヶ崎へ届けています。釜ヶ崎では、仕事の減少や高齢化などの課題があり、日々の生活に苦労している人々も暮らしています。特に、冬に向かって仕事は少なくなります。釜ヶ崎には、人々を支援するカトリック教会や修道会の活動、キリスト教その他の支援グループなどがいくつもあります。かつて来日したマザー・テレサも、釜ヶ崎に滞在しています。今回、集まるお米は、釜ヶ崎の三角公園の炊き出しに活用されます。三角公園では、定期的に炊き出しを行なっています。身近に、日々の生活に困窮する人がいます。炊き出しに行きますと「まずは、ひとりでも多くの人に食事を」との気持ちになります。そのような気持ちで、皆さんの温かい協力をお願いします。

手順について

今年度は、コロナ・ウイルス感染予防の観点から実施方法が例年と異なります。

実施日

: 11月28日(土)
時 間 : 8時00分~35分頃
実施方法 : ① クラスの小鳩会委員は、お米を預かる箱と石けんを入れるレジ袋(小鳩会委員が持参)を用意して、8時頃より自分の教室の廊下・入口横で待機します。 小鳩会委員は、登校するクラスの生徒から、お米と石けんを受け取ってください。この際、お米は、小袋のまま預かります例年は、袋から米袋にまとめていますが、今年度はこの作業はクラスでは行いません
登校するクラス生徒から、お米と石けんを預かる際は、不要な私語を交わすなどせず、すみやかに作業するようにしてください。

② 小鳩会委員は、自分のクラスの生徒のお米・石けんを集めたら、それらをs208宗教科教室まで運んでください。朝の取り組みはここまでです。

③ 終礼後、事前に約束した小鳩会委員は、s208宗教科教室へ来てください。お米を米袋にまとめた後、車への積み込みを行います。この日の午後、お米と石けんは現地に届けられます。

分かち合いの心とともに
~ たとえば、おかわりをひかえてみて、その一合を自分で袋に詰めて持参してみてください。

 お米や生活用品など実際に物を届けることは、もちろん大事なことです。その一方で、マザー・テレサも「大切なのは、どれだけたくさんあげるかではなく、どれだけ愛をこめるか、ということ」と語っています。この活動を物資の支援にとどめず、“分かち合い”としてほしいのです。

すぐ隣に、寒さに震える人がいたならば、あなたは、その手にあるパンとスープをきっと分け合うことでしょう。すでにある愛情、その優しさをもっと多くの分かち合いへと広げたいというのが、小鳩会活動の心です。

さらに、今回の活動は、いつもよりも身近な大阪の人々との分かち合いです。この機会に、家族でいろいろなことを語り合ってみたり、たとえば、いつもは充分にあるおかわりをひかえてみて、その一合を自分で袋に詰めて持参してみてください。

また、相手に与えるだけでなく、自分の心にもいただく何かがあることにも気づいてほしいのです。自分のコップから愛をどれだけ相手のコップに注いでも減ることはありません。むしろ、お互いが満たされるのです。「神からいただいた賜物を人々に与えることができますように。というのは、取っておくためではなく、分かち合うためにいただいているのですから。」


面談期間にボランティア~釜ヶ崎の炊き出し(12/17)

今年度は、コロナ・ウイルス感染予防の観点から、現地での炊き出しのお手伝いは行えません。

昨年度の様子を紹介します。

面談期間にボランティア
~釜ヶ崎の炊き出し(12/17)~

 毎年、年末を前に、全校で米一合を持ち寄って、釜ヶ崎に届けています。このお米は、炊き出しに使われます。お米や生活用品など実際に物を届けることは、もちろん大事なことです。さらに、マザー・テレサは「大切なのは、どれだけたくさんあげるかではなく、どれだけ愛をこめるか、ということ」と語っています。この気持ちを大切にしながら、面談期間に炊き出しのお手伝いに行ってきました。当日は、雨でしたので鍋などが出せず、今回の炊き出しは、おにぎりの手渡しとなりました。

 

2020年9月号

明星中学・明星高等学校で支援している
チャイルドサポーター(海外里子)のご紹介

 皆さんは、今、学校に通っていますね。それが当たり前だと感じていると思います。しかし、世界には学校に通いたくても通えない子どもがたくさんいます。なぜ、学校に通うことができないのでしょうか。それは貧困が原因であることが多いのです。家族全員が食べていくだけの収入が得られないために、子どもも家族を助けるために働きます。ゴミ山の中から金属やプラスチックなどを拾い集めて売ったり、靴磨きや新聞を売ったりして、わずかなお金をもらって食べていくのです。

さて、私たちの小鳩会は、そうした学校に通いたくても通うことのできない子どもたちを、学校に通えるようにサポートしています。学費や教科書代、そして、健康が守られるための費用です。サポートするといっても食費は援助の対象外です。ですから、その子どもたちの親は、食費を稼いでくれる働き手が減る訳ですから、その分、生活をやりくりしなければなりません。それでも子どもに教育を受けさせたいという強い思いで、子どもを学校に通わせるのです。私たちにとって当たり前になっている学校生活をもう一度考え直し、学校生活を送ることができることを共に喜びましょう。


ウィルフレドさん

ウィルフレドさん

◆12歳、7(中学1年生)年生です。

◆「クラスメートとサッカーをすることが楽しみです。家族といるのが好きです。特に、母といるのがとても好きです。

・・・ウィルフレドさんは、ボリビア、トロトロ郡リオカイネ地域に暮らしています。ここは、標高が2000mほどあり、サボテンやイバラなど針やとげのついた植物がたくさん生息しています。


ロビウル・イスラムさん

ロビウル・イスラムさん

◆16歳です。

◆文房具を支援してもらいました。うれしかったです。友だちとサッカーをすることが好きです。

・・・ロビウルさんは、バングラデシュ、マチュパラ地区に暮らしています。ここは、歴史的にずっと貧しく常に経済的に危機の状態にあります。自分の土地を持つことができず他人の畑で作物を栽培させてもらっていますが、さらに日雇い小作人としても働かなければ食べていけない状況です。

※明星に届いたニュースレターより

◆今回の献金先◆

  • チャイルドサポーター(海外里子の継続支援)…日本国際飢餓対策機構
  • こどもの生活のために…こどもの里
  • こどもの生活のために…京都聖嬰会

前回の献金先

新型コロナウイルス感染症緊急募金…カリタス

赤ちゃんとお母さんのために…円ブリオ基金

カリタス「新型コロナ緊急募金」

日本赤十字社「令和2年7月豪雨災害支援 」

2020年7月号

「小さなことから」

学校長 松田 進

 明星の小鳩会の起源は古く100年以上の歴史を有しています。当時ハンセン病療養の先駆けであった私立「神山復生病院」に対する義援金活動がその始まりです。

 明星の設立母体のカトリック修道会「マリア会」と同郷のフランス人神父が経営していた病院です。しかし、医師も看護師もいない、異国のカトリック神父が患者たちを介護していたのです。その神父からの要請で明星の修道士、教員、生徒、保護者が物品の提供をし、苦悩する人々のために学園を挙げて協力しました。その精神は100年以上経過した今なお受け継がれているのです。明星の建学の精神はこうした小鳩会活動を通して具体化されていきます。

生徒、教職員一人一人が会員であり、約2000名の思いを一つにしていけば大きな力になるでしょう。私たちの周りにはたくさんの援助の手を求めている人々がいます。困っている人、助けを求めている人に少しでも役立つことが出来ればこの活動には意味があります。ジュース1本分、アイスクリーム1つ分の我慢が多くの他人(ひと)の笑顔を生むのです。素晴らしい活動ではありませんか!

 生徒の皆さんには行動指針として「自立、自律、連携」を掲げました。自分で考え、自分で行動することが大切である。先生や保護者に言われる前に能動的に動くということです。積極的に関わるということです。その意欲、情熱が学園全体を活気づけるのです。私たちが出来ることはほんの些細な事です。だから「小さなことから」なのです。

 今回のコロナ禍で高校Ⅰ年生が中心となって、困っている人々に支援の手を差し伸べてくれました。皆さんのすぐそばに困っている人、支援を待っている人がいます。「どうされましたか、何かお手伝いできることはありませんか」の一言を言える人になりましょう。

「人は本当に苦しい時に苦しいとは言えない、本当につらい時につらいとは口に出せない、泣いている人ばかりに気を配るのではなく、泣けない人こそ愛しなさい。」

マザー・テレサ

今年度の小鳩会委員

 小鳩会活動は、お金を集めるだけが目的ではなくて、お小遣いでのおやつをひかえて他の人に差し上げる気持ちで献金する、自分の時間を手伝いのために使う、電車の席を譲る…など、自分を差し出して、支えあい、お互いの気持ちが豊かになることに活動の意義があります。日常を小鳩会活動にしてゆきましょう。「六年間、小鳩会委員を続けたい!」など特に希望する生徒が複数あったクラスについては、集合・献金を協力して行うことを了解しています(例年)。お互いの自主性を大切にし、クラスの皆とも協力しながら活動に取り組んでください。

※小鳩会委員生徒一覧(省略)


保護者会募金

  各学期に一回ずつを目安に、必要に応じて、保護者会のときに学園聖堂前で校内募金活動をしています。東日本大震災の復興支援のための募金も続けながら、様々な災害の支援に向けた募金活動も行っています。

保護者会募金

いつも募金に応じてくださり、小鳩会委員一同、感謝申し上げます。暑い日も寒い日もありますが、中学1年生から高校Ⅲ年生まで、力を合わせています。大学受験を意識する11月。それでも募金箱を持つ高校Ⅲ年生の先輩の背中から、後輩は小鳩会の心を学びます。

募金箱を持つ高校Ⅲ年生

ルワンダでの学校づくりに協力

2019.6.11

 高校Ⅱ年生になると、人権教育推進委員会と連携しながら、ルワンダのジェノサイドの歴史と未来を学びます。「ルワンダの教育を考える会」のマリールイズさんのご来校も10年ほど。人権学習や総合的な学習の時間での学びを通じて、教育が偏見や差別を乗り越えることを知り、ルワンダでの学校づくりのために小鳩会献金を届けています。

ルワンダでの学校づくりに協力

釜ヶ崎の炊き出しボランティア

 毎年、年末を前に、全校で米一合を持ち寄って、釜ヶ崎に届けています。このお米は、炊き出しに使われます。実際に炊き出しの手伝いに行く生徒たちもいます。お米や生活用品など実際に物を届けることは、もちろん大事なことです。さらに、マザー・テレサは「大切なのは、どれだけたくさんあげるかではなく、どれだけ愛をこめるか、ということ」と語っています。

釜ヶ崎の炊き出しボランティア
雨の日は、雑炊ではなく、おにぎりの手渡しをします。

若王寺こども食堂ボランティア
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